商標登録はなぜ必要か


 なぜ商標登録出願を行い、商標権を取得するべきなのでしょうか。この点につき、御説明したく存じます。

商号と商標

 商号は、商人や会社がその営業活動において自己を表示するために用いる名称です。いわば、商人自身、会社自身を識別する識別子です。
 これに対し、商標は、自己が提供する商品または役務(サービス)を識別するために用いる、商品または役務の識別子です。商標は、商品または役務のブランドを表現します。

商号選定自由の原則

 日本国では、商人や会社は基本的に、自己を表示する商号を自由に選定することができます。
 もっとも、以下のような制限はあります。
 ・他者が既に登記した商号と同一の商号であって、その営業所(会社にあっては、本店)の所在場所が当該他者の商号の登記に係る営業所の所在場所と同一であるものは、登記できない(商業登記法第27条)。ここで、「所在場所」とは、市町村よりも狭く広がりを持たない特定の地点をいうものと解される
 ・法令の規定により使用を禁止されている商号は登記できない(商業登記法第24条第十三号)
 ・不正の目的をもって他の商人または他の会社であると誤認されるおそれのある名称または商号を使用してはならない(商法第12条、会社法第8条)
 ・他者の周知な商号、商標その他の商品等表示と同一または類似の商号を自己のものとして使用し、他者の商品または営業と混同を生じさせる行為は許されない(不正競争防止法第2条第1項第一号)。並びに、他者の著名な商品等表示と同一または類似の商号を自己のものとして使用する行為も許されない(不正競争防止法第2条第1項第二号)。ただし、自己の氏名を不正の目的なく使用する場合はこの限りでない
 ・その他、法人格を有する会社でない者はその名称または商号中に会社であると誤認されるおそれのある文字を用いてはならない(会社法第7条)、銀行でない者はその名称または商号中に銀行であることを示す文字を使用してはならない(銀行法第6条)、等

商標権を取得しないことによるリスク

 上に述べた商号選定自由の原則により、自己の名称やブランドと同一または類似の商号を他人が用いる可能性が常にあります。例えるなら、自分と同じ姓名を名乗る他人が各地に点在するようなものです。
 そして、自己の名称やブランドを他人が商品または役務に使用することを排除する権利=商標権は、特許庁に商標登録出願を行い、審査官による審査を通過し、特許庁に登録料を納付して商標登録を受けない限り発生しません。商号登記は、商標登録の代替たり得ません。
 商標登録出願をせず、商標権を取得しないことで、下記のようなトラブルに見舞われるリスクが高まります。
(事例1)
 飲食店を経営しているAさんと、同じく飲食店を経営しているBさんとが並存している。Aさんは、Bさんのお店とよく似た店舗名を用いて、飲食物の提供(役務)を行っている。このAさんのお店で食中毒事故が発生し、あるいは、Aさんがお客さんに対し食材に関して虚偽の説明を行っていたことが発覚した。結果、店舗名が似ているBさんのお店の信用が低下して、お客さんが減ってしまった。
(事例2)
 飲食店を経営しているAさんと、同じく飲食店を経営しているBさんとが並存している。Aさんは、Bさんのお店とよく似た店舗名を用いて、飲食物の提供を行っている。Bさんのお店は先日満3周年を迎えたが、Aさんのお店は半年前にオープンしたばかり。しかしながら、Aさんは、お店のオープンと同時に商標登録出願を行い、店舗名について商標権を取得した。その後、Bさんは、Aさんから、商標権侵害を理由とした店舗名の使用差し止めを要求する旨の警告書を受け取った。Bさんはやむを得ず、自分のお店を改名することとした。

商標登録出願ひいては商標登録の必要性

 事例1のように、自己と同一または類似の商標を使用している他人が、事故を引き起こしたり、低質または悪質な営業を行ったりした場合、自己の業務上の信用が毀損されるおそれがあります。これを予防するためには、商標権を取得し、自己と同一または類似の商標を他人に使用させなくすることが有効です。


先着順商標

 商標登録出願による商標権の取得は、基本的に「早い者勝ち」です。先に出願した商標と後に出願した商標とが同一または類似であれば(さらに、指定商品または指定役務が同一または類似であれば)、先の出願のみが商標登録を受けられますので、注意が必要です(登録阻却事由、商標法第4条第1項第十一号)。


先着順商標

 商標権は、特許庁に出願手続をしない限り発生することはありません。そして、事例2のように、自己が従前からある商標を継続的に使用していたとしても、その商標が需要者に広く知られていなければ、他者(たとえ自己よりも後に営業を始めた者であったとしても)が当該商標について合法的に商標権を取得してしまうことが起こり得ます。
 従って、商標権を取得しないでビジネスを展開していると、後発的に商標の使用を開始した他者から商標権侵害の責任を問われる可能性があります。当事務所においても、そのような事態に見舞われた事業主様から御相談を受けることがございます。この場合の対抗策は皆無ではありませんが、交渉や係争のための時間的・金銭的な負担は免れません。結果論として、予め商標登録出願しておけば費用が一桁以上安上がりで済んだ、ということが現実にあります。商標登録出願しようかどうか迷われているのであれば、思い切って出願なさるのが宜しいのではないでしょうか。

商標権の行使

 商標権の行使は、消費者や取引者が商品等の出所を混同しないようにするための保全的な対策という一面がありますから、商標権者にとって一般に合理的な行為であると言えます。
 他方、商標権を行使された者は、商標が互いに類似していないのならばともかく、そうでなければ特別な事情がない限り商標権者の主張に従わざるを得ません。特別な事情もないのに無理やり反論して騒ぎ立てても、逆に「商標法を軽視した貴方が悪い」と糾弾されてしまうのが結局のところでしょう。
 ただし、「特別な事情」には極めて正当なものがあることも事実です。従って、商標権者の権利行使が常に合理的なものであるというわけではありません。

結び

 商標権は、自己の業務上の信用を保護し、ブランド価値を守るとともに、事業リスクの低減を図るために有用なツールです。事業規模の大小を問わず、広く事業主様一般に商標登録出願をお薦めするものです。