著作権と産業財産権
ここでは、著作権と産業財産権(特許権、実用新案権、意匠権、商標権)との重要な相違点について述べます。
ソフトウェアの保護
ソフトウェアは、著作権法及び特許法でそれぞれ保護され得ます。
ただし、保護の範囲が異なります。著作権法が保護対象とするのはあくまでも思想または感情の具体的表現であり、アイデア(思想)には保護を与えません。著作権の保護がアイデアには及ばないことは、国際条約(TRIPs協定第9条第2項)にも明示されております。
これに対し、特許法は発明即ち技術のアイデアに保護を与えます。
このことは、法条のプログラムの定義にも明確に表れており、著作権法上のプログラムは「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したもの」とされ、特許法上のプログラムは「電子計算機に対する指令であって、一の結果を得ることができるように組み合わされたもの」とされています。
従って、具体的表現であるソースコード及びそのソースコードをコンパイルしたオブジェクトコード(コンパイルを経て得たオブジェクトコードは、ソースコードの複製物と見なされます)には著作権が発生します。ですが、ソースコードの異なるものであれば、同一のアイデアや機能を実現するものであってもその著作権を侵害することにはなりません。せいぜい、デッドコピーをした者に対して訴えを提起することができる程度の保護に過ぎません。
これに対し、特許発明であれば、たとえソースコードが異なっていようとも、同一のアイデアや機能を実現するソフトウェア一般に特許権が及びます。具体的表現に比してアイデアは抽象的であり、より広大な概念でありますので、保護の範囲もまた広いということになります。
独創的なアイデアを盛り込んだソフトウェアを保護するためには、特許出願をして特許を取得することが有効です。
アイデアの保護
上述した通り、技術のアイデアが著作権として保護されることはありません。特許権の存続期間と比較すれば著作権の存続期間は著しく長い上、著作権を与えるべきか否かについて著作物を審査する庁も存在しません。技術アイデアが著作権で保護されるとなれば、徒に技術開発や市場競争を阻害し、産業発展を妨げることになってしまうおそれがあるのです。
過去に問題となりましたが、発明を特許出願するのではなく、発明を記述した論文や図面を著作権登録して、その後に企業に売り込むようなことをした場合、この企業に発明の内容を開示した行為により新規性が失われて特許を取得できなくなります。無論、著作権で保護されるのは論文や図面に記載した文章、線図等の表現のみでありますので、上記の企業は同じ発明を実施することが許されます。
著作権を特許権の代替として利用することは不適切であり、アイデアの保護を求めるならば特許出願をする必要があります。
デザインの保護
自動車のボディの外形のような工業デザインは、実用品であるという制約を離れ美の表現を追求して製作されたものであるとは言えず、よって美術著作物に該当して著作権法による保護を受けることはできない可能性が高いです。純粋美術でない応用美術には、著作権が発生しないと考えるのが一般的な見解です(但し、異論もあります)。
斬新な工業デザインを保護するためには、意匠登録出願をして意匠権を取得することが有効です。
他方、工業的手法を用いて量産することのできない美術品は、意匠法では保護の対象とならず、専ら著作権法の範疇にあります。
もっとも、意匠と著作物との境は明快ではありません。例えば、プリントTシャツの図柄は、意匠登録出願することができ意匠権として保護され得ますが、著作権による保護を受ける余地もあります。壺や茶碗等の陶芸品は美術工芸品であり、実用品でありながら著作権法上美術著作物の一種とされますが、それでいて意匠権を取得することも不可能ではありません。
フォントの保護
まず、フォント(書体、タイプフェース)は意匠法では保護対象ではなく、意匠権を取得することはできません。
さらに、フォントそれ自体は著作物でもありません。
フォントが著作権法の下で保護されるとすれば、それは美術著作物としての保護です。芸術作品である「書」と同様の扱いです。フォントが美術著作物として認められるためには、従来のものに比して顕著な特徴を有するといった独創性を備え、かつそれ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならないとされており、そのハードルは厳しく高いでしょう。
ただし、パーソナルコンピュータ等にインストールして使用するアウトラインフォントデータを「フォントプログラム」として保護するとした裁判例があります。アウトラインフォントデータをプログラム著作物として認定しているわけであり、よく似た姿形のフォントを画面表示または印刷するためのものであっても、アウトラインフォントデータの具体的内容が異なっていれば、ソースコードの異なるプログラムと同様、著作権侵害を構成しないと考えられます。
キャラクターの保護
キャラクターの容姿を具体的に表した絵や映像、キャラクターを主人公とした物語の脚本、キャラクターの口から発される台詞等は著作物に該当し、著作権法による保護を受けます。
一方で、名前や性格といったキャラクターの属性は、表現よりも寧ろアイデアに近く、よって著作権法による保護の対象とはなりません。例えば、キャラクターの創作者ではない者が、そのキャラクター名を付した商品を創作者に無断で販売したとしても、著作権の侵害には当たりません。
キャラクタービジネスを適切に保護するためには、商標登録を併用することが望ましいと言えます。実際に、耳にしたことのあるキャラクター名の大半は商標登録ないし商標登録出願されております。
著作物と商標
著作物とは思想または感情を創作的に表現したものでありますから、商標として使用するものであっても著作物である場合があります。例えば、キャラクターデザインや、絵画的な要素が含まれているマークなどは、他人の商品等と区別する役割を果たす「商標」としての機能をなすとともに、思想または感情を創作的に表現した「著作物」としての一面を持ち備えます。
ただし、文字のみの商標は、一般に著作物とは認められません。思想または感情の表現が内在する余地に乏しいからです。
逆に、思想または感情の表現となるほどに文字数の多い文字のみの著作物(標語やキャッチフレーズ等)は、何人かの業務に係る商品または役務であることを示す識別標識としては機能し難くなることから、多くの場合商標登録を受けられないでしょう。
「著作物としての一面を持つ商標」を取り扱う際には、著作物の著作権が関係してくることがあります。たとえ商標登録出願を経て商標権を取得していたとしても、その商標権が著作権の制約を受けてしまうこともありますので、ご注意下さい。以下の点に留意するとよろしいでしょう。
1)著作権者の特定
商標として用いる著作物の著作権者が誰であるかを確認しましょう(著作権者は自然人ではなく会社等の法人であることがあります)。
なお、著作権者と商標登録出願人(商標権者)が同一であれば、何ら問題はありません。
2)商標としての使用に関する取り決め(合意、契約)
著作権者との間で、著作物を商標として使用する旨の合意を得ておきましょう。
商標として使用する具体的な計画(商品の種別、サービスの種類、商標の使用方法など)についても著作権者の了承を得ることが安全です。
権利侵害の要件
著作権侵害、特に、複製権または翻案権の侵害は、依拠と類似性という2つの要件を必要とします。
依拠とは、他人の著作物に接し、その表現を自己の著作に利用することを言います。
他人の著作物に依拠することなく独自に著作物を創作した場合、その表現が結果的に他人の著作物の表現と類似し、または同一となったとしても、著作権侵害にはなりません。
著作権の侵害について訴えを提起した場合、被告の著作物が原告の著作物に依拠して作成されたことを原告側が立証しなければなりませんが、依拠の立証は困難であることが少なくありません。
翻って、特許権、意匠権、商標権等の産業財産権の侵害訴訟では、依拠の立証は要求されません。侵害者は、たとえ権利の存在や内容を知らなかったとしても、産業財産権侵害行為についての責任を免れないのです。